自然文化誌研究会・冒険探検部のみなさんへの手紙


塚原 東吾

[プロフィール]

 つかはらとうご。1961年東京都生まれ。現在、神戸大学国際文化学部助教授。
東京学芸大学教育学部化学科を卒業。同修士課程修了。その後、オランダ国費留学生としてライデン大学に学び、同医学部にてPh.Dを取得。1988年よりライデン大学医学部助手。1991年よりイギリス・ケンブリッジ大学ニーダム研究所特別研究員。1993年より東海大学文学部講師、助教授を経て1999年より現職。
 専門は科学史、科学哲学、STS(科学・技術・社会論)。江戸時代の蘭学期における科学技術の発展など、オランダ関連の科学史を中心に研究。その他、EUの科学技術政策論、科学ジャーナリズム研究、第三世界における水の問題、さらにはオランダのサッカーやポップカルチャーといった現代的なテーマについて、科学・技術の観点から考察している。

●けっこう誇っちゃったりして、ね

 とりあえず、『自然と文化』に、一筆です。
 うーん、でも、あまり、なんか、学芸大の自然文化誌、冒険探検部には、それほど、ポジティヴなかんじでないんで、わっるいなぁ……。
 うーん、どうも、なかなか、面白いなあと、いつも、ニューズレターとか、キッズの会報とか、楽しく読んでいます。ただ、「自分が」と言われると、ちょっと……。どうも、すみません。
 まあ、それでも言うなら(やっぱり言うかぃ!)、なんか、学芸の学生を、小生のとこの大学院とかに受け入れてみたいなあ、とかは、考えてます。けっこう、NGO・NPOとか、国際的活動とか、環境関連の市民活動って、いけてますから。
 それと、やっぱ、小金井・国分寺あたりから遠く離れたときに、ネットワークとかあると、何年かにいっぺんでも、いいもんかなあって、そーゆーツゴーのいいことも考えてます。
 うーん、それで、ついでに、小生の仲のいい友だちが、東大の先生になって、国分寺の恋ヶ窪の先のあたりに家を買ったらしいんだけど、それで、小学生のお子さんが3人いて、男の子ばっかでかなりの腕白らしいんだけど、そーゆーのって、話のついでに、「そーいえば、ツカハラくん、学芸大だったねえ?」とか言われると、つい、「そーなんですよ、で、お子さんとか、冒険とか、好きですか?」とか、聞いちゃうんだけど(オルグが身に染み付いているようです)、「いやいや、学芸大学には、いいグループがあるんですよぉ!今も、いい活動してますよ!」とかって、けっこう、「誇っちゃったり」して、宣伝してます。なんか、そーゆーの、「自分がやりたい」とか、「望むこと」とかいうより、「立派な活動を続けてくださって、ほんたうに、ありがとうございました」というスジのことですねぇ……。

●冒探と社会性

 で、自分のほうは、うーん、いろいろあるんだけど、とりあえず、まあ、本業は本業で、いちおう歴史家なんで、それはそこそこに仕事をしておいて、自然文化誌・冒険探検関連での引き出しをひいてみると、瀬戸内海あたりの環境問題、かな。
 豊島(てしま)というゴミの島には、けっこう、フィールドワークしてます。その処理にまわる直島、それと対岸の玉野市あたりも。
 兵庫のコウノトリとか(これは豊岡、というもう日本海側ですが、兵庫県は、瀬戸内側と日本海側に長いんです)、徳島の吉野川での堰をつくる作らないのはなしも絡んでます。
 岡山では、人形峠のウラン残土、鳥取では農薬の空中散布がひどくて、モニターしてます。
 あと、ホントは、神戸に、空港をつくって欲しくない、って、まあ、「成田」(というより、われわれには「三里塚」でしょうか)以来、そーゆー感じですけど。
 うーん、そういえば、最近の冒探とのズレさ加減って(別に非難してるわけじゃないけど)、ここらの「社会性」なんかなあ、って。
 今、屋久島の貴君たちのプロジェクトの企画書を読んで感じた、そこはかとない、ああ、オレの時代とは違うなあ、そろそろ小生はここからは引退かなあ、と感じたことを思い出してます。
 もちろん、ロシアも崩壊して、北朝鮮の核とか、いまやブッシュの帝国の時代なんで、それなりの時代性を帯びた活動で、それはそれで面白いとは思うんだが、うーん、とか、学芸は遠くなったなあとか、考え出したのは、あの屋久島のプロジェクトの持っていた、不思議な「社会性」、その(冒険的なる?)思想やテクノ水準や、それでもなにか訴えかけるような、教育的世界の存立構造を支える「学芸大くささ」との混交だったのかなあ、とか思ってます。

 うーん、なかなか書き出さないけど、書き出すと長い。この辺でやめときましょう。
 どっちにしても、まあ、楽しくやりましょう。

                         (執筆:2003年1月7日)

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いくらでもあるぞ! 私がやりたいプロジェクト


佐伯 順弘

[プロフィール]

さえき よりひろ。1964年岐阜県吉城郡古川町に生まれる。
東京学芸大学 A類理科物理専修1987年度卒業(1988年3月)
加茂郡川辺町立川辺中学校教諭
ここ5~6年ほどバスケットボール指導に力を注いできたが、そろそろ本来の自然科学の道に戻ろうとしている。最近、大学院に通う機会を得、地球科学 (岐阜大学川上紳一助教授)の講義で再び、自然科学に目覚め、野外活動 に向かおうとしている。


●inchについて

 のっけからこんなことを言うのはなんだが、inchの活動について、自分がやりたいことが見えてこないほど、inchがいったいなんだったのか、自分の中に残っていない。何のために、何を手段として何を目指していたのかさえ、もうわからなくなってしまっている。inchって何の略だったかも言えないし……。
 自分がやりたいことは、「inchが何なのか。何のために存在しようとしているのか」をもう一度見直したい。そのためには、まずは関係者との情報交換が必要だ。今はインターネットでメールでも、掲示板でも、HPでもあるんだから、地方にいても何とかなるとは思っていたが、直接話すのとそうでないのでは大きな差があるはずだ。人が集まる場所へ私も参加すべきだと思っている。
 そういえば、「行動技術研修班」だったような気がしてきた。最近上達した技術は、ショートスキー、自転車ダウンヒル、長距離ランニング。革新的なものはとくにない。
 野外行動技術の研修は重要なことだと思うけれど、他人の分までお膳立てしてやるのはやりたいとは思わない。確かに集団として、共通したある程度の技術を身に付け、常にお互いを刺激しあって技術の交流を図ることは大切だと思う。また、行動技術は食に関しても深めていくべきだと思う。自然の中のものをいかに食うかを追究していくことも研究していきたい。

●では自分は…

 inchはと別に、自分が普段の仕事の中で、地域の中でいま力を注いでいること、あるいは考えていることは次のとおり。

▼理科教師として

 理科準備室の整備、文部科学省によって破壊された理科学習体系の再構築、授業展開の見直し、実験ネタの研究、ネットワークセキュリティーに関わる啓発活動と業者の不正摘発、学級学年リーダー養成のための訓練、総合的な学習の時間を地域活動に結びつける方法の模索(林業、農業に関わって)。

▼バスケットボールコーチとして

 1‐2‐1‐1プレスディフェンスシステムの徹底、自己犠牲およびミラーの法則の徹底、ファンダメンタルプレイの見直し、ランニングスピードを上げるためのチューブを使ったトレーニング法の検討、栄養指導、筋トレ指導、練習試合設定、大会運営、審判研修、地区選抜チームコーチング、協会運営、HP作成。

 堅く考えれば、このようなところかもしれない。とりあえず、やりたいことといえば、ぷらぷらと旅行をして、ちょっと知ったかぶりをして、よく知っている人間にへこまされて、くやしいからちょっと変なことをしてみるといったところか。
 最近、体を鍛える必要性を感じたというか、レースに出るので体をまじめに鍛えることを考え始めた。フルマラソンも走ったし、160km、120kmのサイクリングにも参加した。バスケットボールの審判も大切だし、体脂肪率はせめて20%を切りたいし……。

●私のプロジェクトリスト


 もう他にないか。この際だから、何でもいいからやりたいこと望むこと(旅に出たり、レースに出たり、自転車に乗ったりしているときにいつもぼんやり思い浮かぶこと)を冒探で流行りのプロジェクト風にまとめてみたら、結構たくさんあった。
 とりあえず、思い立ったらやってみる。動き出してみるのが、大事かもしれない。ただ、私には、最近、現実と妄想の区別がつき難くなってしまっているうえ、やりたいことがたくさんあり過ぎて、手が出せないというところが正直なところだ。
 でも、せっかくプロジェクトのリストを作ったので、羅列しておく。もうすでに、いくつかの実施例があるものもあるが、基本的にプランは渡さない。競売でゆずる場合もある。

★プロジェクトA――水戸黄門的、雪国世直し行脚

[資金難度A、コネクション難度A、危険度B]

 私は、岐阜県は飛騨古川で生まれた(最近、NHK朝の連続ドラマの舞台になったから知っている人もいるだろう)。祖父が亡くなり、祖母が亡くなり、実家は誰も住む人がいなくなった。
 古川の街並を支える一部であるその家屋は、その家族だけの問題ではない。壊してしまえばよいというものではない。しかし、維持するためには、それなりの労力というものが必要になってくる。たとえば、雪下ろしをするために、その家の長男が時々、行かなくてはならないのだ。幸い、私にまでは出番が回って来ないが、問題はそのような個人的なことではないのだ。つまり、そういった事情や高齢化にともなって、古川では雪下ろしに従事できる人間が少なくなってきているということなのだ。そして、それは、古川だけでなく、雪下ろしをしなくてはならない地域の多くで起こっているのではないか! ということなのだ。
 なに? そんなことは当たり前だ? 以前から問題になっている? 知らなかったのか? 知ってたよ。10年くらい前から思ってた。もっと昔からあるって? いや、そうかもしれないが、とにかく、自分の問題だとして考え始めたのは、10年位前からなの!
というわけで、プロジェクト「雪下ろしプラス」。
 そこらの中高生やひまな大学生、いい年こいて冒険などと、うつつを抜かしている君たちを巻き込んでだな、古川町の雪下ろしを敢行したいわけだ。
 わざわざ行って? そう。その通り。宿代は無料。実家がある。古いけどけっこう広い。布団はあるのか? 任せろ。近所の茂住布団店は親戚だ。貸布団だってある。飛騨の酒はうまいぞ。屋根から落ちて怪我しないかって? なんのための冒探だよ。ザイルくらいあるだろ。ロープワークだって得意でしょ? 古川町役場とか自治会に話を通して、ガンガンやるのさ。無料で。
 年寄りは喜ぶぞ。食いものくらい差し入れしてくれるかも。新聞やテレビも取材に来るだろうな。それに半径10㎞以内にスキー場が5つある。スキーとあわせてもいいし、50㎞で新穂高温泉、つまりは北アルプスにも移行もできる。
 シーズン中に2~3回下ろせば、上出来ではないかな。地域への貢献。雪下ろし体験(最近総合的な学習とかで流行っているからなぁ。「○○体験」って。雪下ろしで進学はできないし、立派な人間になれるわけでもないし、増してや生きる力なんかつかないけど、やったことあるっていうのはやはり重要だと思う)、企画の発生、その他、諸々の自己満足と交流……。数年続ければ、活動の一拠点にもなり得る。
 雪降る国々から来ている人間もたくさんいるはず。そんな仲間の伝で、日本の豪雪地帯いろいろな地域をめぐる世直し旅みたいなやつ。どうだい? 水戸黄門みたいでいいんじゃない? 最後に皆で「カッカッカッ」って笑うの。
 ボランティアっていう言葉は好きじゃない。日本人なら奉仕活動。でも、ちょっと違う。「遊び」でしょ。そこに住む人々にとっては死活問題なんだろうけど、こっちはそれを「遊び」でちょいと手伝う。おもしろがってやる。いいことしてるんだ! という自己満足とともに。そういう関わりを創っていくこと、そういう遊びを創っていくこと、そういうことも冒険だと思う。

★プロジェクトB――子供のためのスポーツ振興大作戦

[資金難度F,コネクション難度C、危険度A]

 私は川辺中学校の理科教師である。1年の担任である。卒業中学校は川辺中学校の前身であるところの中部中学校である。つまり、自分の母校は正確には消滅した。校舎も木造から鉄筋になった。しかし、体育館には、私が「青春をかけた」バスケットボールのゴールが、まったく同じゴールが存在している。その体育館は、危険建造物の指定をされているらしい。わかりやすくいうと、もうすぐやってくる東海大地震で崩れますよ、ということだ。しかし、毎日体育館は使われ、建て替えの見通しは立っていない。
 そのような状況の中、私は可茂バスケットボール協会副理事長になった。岐阜県6地区の中で最後に生まれたバスケットボール協会である。
 で、体育館を建てたい。それも、県大会がきっちりできるコート4面のやつだ。他地区にはあるが、可茂地区にはない。当然というべきか、わが地区は弱い(卵と鶏の話以前に、相関があるのかさえわからないので、そのあたりは追究しない)。
 別に、川辺中学校の持ち物である必要はない。町でも地区でも財団でもなんでもいい。観客席があって、コートエンドには余裕がある。当然、本部室、審判室もある。各チームの選手が集まる場所やロッカールームも豊富にある。収納スペースもある。外には、バスも入れる駐車場。それも、スタッフ用には別の場所があるくらいの広いところ。
 まだまだ、必要な要素はたくさんあるが、これらのものは当然として、普通にあればいい。
 とくに大切なのはこれからである。蓄熱交換システム、太陽光発電システム、風力発電システム、自然風冷却システムである。これらのものはすでに技術的には完全に確立しているにもかかわらず、導入されるケースが少ない。
 なかでも蓄熱交換システムは重要である。体育館の広大な屋根で夏に高温になった水を、地下に埋めた断熱された超巨大な水槽にためるのである。体育館の冷却にも効果的である。夏のシャワーは沸かす必要がない。それに、夏の間に蓄積された高温の水は、冬に体育館の床を暖めるために使われる。その後、寒風で十分冷やされて、また地下深く蓄えられるのである。簡単な技術だ。単純な理論だ。金さえあれば、私がやるのに。50億もかからないと思うけどなぁ。誰かくれない?
 もう全国的に学校主体の部活動が消滅して、社会体育に移行しているのだが、今までなら、無料で参加できたスポーツ活動に金を払わないと参加できない。指導者が無料奉仕をしたとしても、自分の通う中学校の体育館を使うために多額の使用料を払わなくてはならない。自治体は中学生から小銭を毟り取ってなんの得があるのか。
 「何をやるにも金が必要だ」と管理職どもは口をそろえるが、いちばん体を動かさなくてはならない小中において、彼らにスポーツを奨励する気などさらさらないらしい。「地域のスポーツクラブへ小中学生は無料で行ける」システムつくりはそんなに難しいのか。
 バスケットボールにおいてはエンデバー制度というのが導入されることになった。オリンピックで勝てるJAPANをつくるためだ。それと同時に、気軽にスポーツできる、誰でもできる、負担も極力少なくできる、という制度をきちんと見直して欲しい。そうでないと、どこかのプロスポーツみたいに、ひ弱な魅力のない不健全なものばかりになってしまうのではないか。
 オリンピックで勝つことと、日常の中でスポーツできることを同等に重要視できる健全な感覚をみんなが持ってほしい。私はバスケットボールのコーチをしていて、報酬が欲しいと思ったことはない(実際には2時間で400円くらい出ていて、もらってはいるけど)。そういった人間が私の身の回りには大勢いる。一部の部活指導をしたくない教員は喜んでいるらしいが、義務教育のあいだくらい、子供の運動やその他の活動に学校が関わってやろうという気はないのか。何でも皆同じじゃなくて、部活指導をする教員がいて、やらない教員がいて、やる教員には何も出ないが、せめて学校施設使用について優遇するくらいのことがなぜできないのか。
 ぐたぐたと寝言を並べてきたが、要するに「体育館建設についでに、全国的なジュニア対象のスポーツクラブを設立し、学校、自治体、地域住民に全面的な協力をさせる」ということだ。中体連なんて、こそこそ隠れてしまうくらいのやつだ。



★プロジェクトC――私がやりたい冒険探検の数々

[資金難度C、コネクション難度B、危険度D]

 冒険探検部らしいプロジェクトだ。なにしろ、冒険学校に対して「なんだこりゃ、こんなもん俺が求めてた冒探じゃない!俺が冒険探検部でやりたいことは、冒険であり、探検であり、常に危険をともない、しかもそこに喜びと充実感をあわせ持った旅なのだ」などと、当時の情勢に対して反動的なことをほざいていた1990.9.18の文章(たぶんどこかに載せて不評を買ったと思うが…)から抜いてきてるわけだから。 

プロジェクトC P11「パキスタン ナンガーパルバット偵察トレッキング」

 なぜナンガーパルバットかは、ラインホルトメスナー著「ナンガーパルバット単独行」を読めばわかる。わからない場合は、何を説明してもわからないはず。とりあえず、山岳ガイドが乏しいので、偵察に行く。でも、じつはもういったんだよね(柏木すまん)。自分の高高度登山に対する耐性もチェックしてきた。5000mまでならまったく問題なし。全行程100km、30日で行なう。

プロジェクトC P12「パキスタン ブルーダルピーク(5360m)登頂」

 お手軽に登っているヨーロッパ系の登山家を見た。冒険探検部でもできる。ブルーダル氷河からのルートを通る。

プロジェクトC P2「パキスタン 他の名もなきピークを攻め、名を残す」

 パキスタンでは5000m峰などざらにあり、無名のものも多いという。誰も登ったことのないピークを落とし、名前をつける。ヘボ探検家にはぴったりの企画。

プロジェクトC P3「パキスタン インダス川下り」

 インダス川をスカルドゥ~河口まで下る。激流が多いので、ボートに乗って下ることのできる区間はかなり下にくるまで少ないが徒歩にて、川に沿って移動する。川に落ちて水を飲めば、腹まで下るどころか病院行き間違いなしである。

プロジェクトC P4「パキスタン 緑化計画」

 パキスタンは暑い。とにかく暑すぎる。隠れる日陰もない。本当に何もないのだ。川には豊富な水が流れているというのに、荒れ放題の土地である。

 だが、流れる水があれば、緑化はできるはず。流れない水は塩分上昇を引き起こすが、流れてしまえば大丈夫だと思う。これは、世界中どこでも行なわれている企画なので、行なうことはたいへんだが、発想自体はたいしたことはない。しかし、これは別に記す野望の単なる布石に過ぎない。

プロジェクトC S1「シベリア 冬季バイカル湖氷上横断」

 大学4年のとき、ソ連に行った(まだ、連邦だったのだ)。バイカル湖は地平線に消えていた。どこまでいけるだろう。行ってみたい。それだけである。鉄道が通るくらい分厚い氷が張るので、徒歩、犬ぞりも可能だと思われる。あとは防寒対策が重要。

プロジェクトC S2「シベリア レナ川下り」

 バイカル湖のそばから北極海に流れ込んでいるレナ川は長い。でも3000kmはないと思うので。半年あれば何とか行けるのでは?

プロジェクトC K1「カムチャッカ半島 クチェフスカヤ(4750m)登頂」

 観光地とも言えなくはないが、自力でやるというところが重要。入門用に最適。

プロジェクトC K2「カムチャッカ半島 何でもいいからピークハント」

 まだ、登られていない山はあるのだろうか。まだ「未開の地」が多いので、あるかも。

プロジェクトC R「海鼠(ナマコ)貿易海路探索」

瀬谷勝頼による。「ナマコの眼」(鶴見良行著)を読めばわかる。クルーザーを買ってガンガン行こう。

プロジェクトD「スリランカ トリンコマリー完全リゾート計画」

 2002.8現地調査済み。つい最近まで内戦中。まだ、開発されていない部分が多いが、汚染が広がる可能性あり。それを防ぎ「開発=ぶち壊し」ではなく、「開発=保全・共生・再生」を目指して、完全循環型リゾートを造る。

プロジェクトE「生ゴミ堆肥化センター」
プロジェクトF「緑化国家計画」
プロジェクトG「シルクロードYH計画」
プロジェクトH「二酸化炭素削減および河川浄化計画」
プロジェクトI「世界征服及び電力エネルギー統一化計画」
プロジェクトJ「川辺町名山アルペンガイド作成計画」
プロジェクトK「カブトムシ山計画」
プロジェクトL「総合的な学習の時間利用による地域林業の活性化」
……以下、プロジェクトZの次は、プロジェクトAA、AB、ACと続く。もう書くスペースがないのでこの辺りにしておく。

 それから、最近、やっと自分が特別ではないことに気づいた。
 昔は、きっと自分は特別だから、何かすごいことをやるに違いない。何も恐れるものはない。すべて天命であるのだから、思ったとおりの道に進めばよいのだ。必要なものは必要なときに手に入り、必要な師は必要なときに現われると思っていた。事実そのとおりに今まできたのだが、別にそれは、自分が特別なのではなく、皆がそれぞれに特別なのだ。毛利さんも若田さんも、彼らにとってそれは特別ではなく、天命であり、植村さんも野口さんも同じである。

 自分は「自分にできる自分がやりたいこと」をやるだろうし、本気でやりたいことで、できなかったことは今まで一度もないので、多分これからも本気でやりたいことは実現していくだろう。ことわっておくが、世界征服は、まじめに考えているがまだ本気ではない。

                   (執筆:2002年10月22日)


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育児ができない親


佐藤 雅彦

[プロフィール]

さとう まさひこ。1947年長崎県長崎市生まれ。1978年に東京学芸大学を卒業。現在、故郷の長崎県に戻る。いま一番関心があることは、教育基本法と憲法の改悪へ向けての動き。有事法制・イラク特別措置法・健康増進法などが次々と成立しているが、その延長上にあるのがこの二つの改悪。現政府が目論む、戦争ができる国家に向けての最終仕上げだと思う。

 
 「高い高い」に列ができる。幼児の両脇に手を入れて、父親が高く持ち上げるあの動作である。1人ぐらいならそういう子がいても不思議ではないが、10人もの列ができる。それも1人1回ではなく何回も要求する。聞いてみると、ほとんどやってもらったことがないそうだ。初めにこの子たち(担任している小学校1年生)を見たとき幼稚だと思ったが、これほどまでとは……。ふつうなら、1年生ぐらいになると「高い高い」をやろうとすると嫌がるものだが。
 他にも「だっこ」や「おんぶ」をせがむ子や、手をつなぎたがる子がたくさんいる。親との身体接触が不足しているらしい。1年生といっても3、4才の感覚みたいだ。どうしてこんな子が増えたのだろう。
 まず、お手本通りの育児の結果ではないかと考えてみた。ロボットでもできそうな、型通りの心がこもっていない育て方をされたのではないか。愛情を持って、体と体を接して育てたのではない。頭で考えて、方程式のように育てたのではないかということである。そこには他の動物に見られるような本能的な育児は存在しない。
 次に、子供をおもちゃとして扱ったのではないかということが考えられる。競馬場に行くと、乳母車を押している母親の姿がよく見られるようになった。以前にはなかった光景である。まだ小さくて何もわからないから大丈夫だと思っているのかもしれないが、自分が今どういう状態に置かれているのかを、子供は全身全霊で感じようとしている。自分がどのように扱われているのか感じようとしている。自分たちの欲望のために、子供を愛玩物にしている。そこには子供の感性に対する配慮はない。
 そして食べ物。「ファーストフード」と呼ばれる食べ物の氾濫が考えられる。給食の様子を見ていると、自分の好きな食べ物だけしか食べない。好きな物が給食にないと、ほとんど食べないか、食べる前に食器から食缶に戻してしまう。
 「ファーストフード」に近いハンバーグ・唐揚げ・スパゲッティ・カレーといった食べ物はあっという間になくなる。それに対して、煮物・雑穀の入ったご飯・魚類はたくさん残ってしまう。
 日頃から、手間をかけた食べ物を家で食べさせてもらっていないようだ。手作りという言葉があるが、それは他人が作った物で、親が手間をかけて作った料理ではない。食べ物に無神経な親が多いと思われる。
 環境ホルモンの影響で子育てをしなくなった動物が増えているという。人間も子育てができなくなってきているのではないか。
 これは日本だけの現象なのだろうか。今の子供たちの様子を見ていると、極端な言い方だが滅亡へ向かって進んでいるように思われる。何とかしようとしても、いろいろな要素がからんでいて、どこから手を付けていいかわからないくらい状況は悪化している。
 ひとつひとつ、身近なところから子供に良いと思われることを施していくしかないのだろうか。気の遠くなるような話である。

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